【2014年】中澤寛って何してたのシリーズ ~独立のきっかけ、靴磨き、ホッカイロ路上販売、FP立ち上げ、ヒッチハイク生活、スポーツスクール立ち上げを経て~

経営

いやー今までを思い返すと、本当に色々あったなと思い返します。

その中でも、泥臭さ満点の商売独立編についてお話しします。

お金もない、人脈もない、才能もない、こだわったのは経験値だけ。

この時期があったらこそ、今があるなということだけは自信を持って言えます。

とにかく濃ゆいです。

商売スタートのきっかけ

地球儀

商売を始めたきっかけはこうです。

  1. 商社ってかっこいい!(大学のOBの商社の人が、仕事について楽しそうに語っていたから)
  2. その流れで商社の人に就活相談しに行ったら、人生相談になった
  3. 『君、お金を貰わなくても商社に行きたい?』と聞かれ、本当にしたいことを考えてみた
  4. 「全世界を見てみたいです!」と安易に答えたら『だったら会社員という働き方は向いてない』と言われる
  5. とりあえず、その人のアドバイスを聞きながら自分で稼ぐことを実践しながら、5大商社と3大広告の就職に行く
  6. 上記の就活は全て失敗し、「就職に向いてないんだ」と理解←前向き(一応、中小企業と呼ばれる部類には内定は貰っていた)
  7. 「先輩にも会社員は向いていないと言われたし、就職せずに自分で稼いでみよ」と独立を決意←今考えると恐ろしい

という流れです。

まあ、商売を始めた理由を簡単にまとめると、「世界周りたいし、大手の就職失敗したし、会社員向いてないって言われたから独立しよ」ということです。

何でそんなに世界一周したかったの?

深い話ではないですが、大学の時にラクロスというスポーツで関東選抜世代別代表で北京とハワイで行われた世界大会に行ったのですが、その時の経験が衝撃的で。

ハワイって皆が想像している通り絶景で、どこ歩いても絵になるというか、ただただ綺麗で、一人で散歩してアメリカによくあるバスケットコートを眺めたり、夜に海に入りどこまで行けるか、なんてふざけました。

北京は真逆というと語弊があるかもしれないですが、晴れの日も霧がかかっているほど視野が悪く外にいるだけでのどが痛くなり食事は口に合わなくて口内炎が3箇所でき、ほぼ部屋で過ごしました。

この2ヵ国を見て、「こんな違う一面があるんだ」って、世界に興味を持つようになって、「たった2ヵ国でこれだけ違う側面をみせてくれる残りの国は自分をもっとワクワクさせてくれる。世界周ってみたい!」という流れで、世界一周したいと思うようになりました。

自分で稼ぐ大変さ

2013年12月にラクロスが完全に終わり、商売を始めるために先輩に何をしたらいいか聞き言ったら、返ってきた答えは

「とりあえず何でもいいから10万円稼いだら教えて。ただしネットは禁止。」

というシンプルでとんでもないアドバイスでした。

ただ、その時の僕は「10万円稼いだら、とんでもないアドバイスが貰えるんだ」と素直にアドバイスを聞き、とりあえず外が寒かったのでドン・キホーテでホッカイロを買って路上で販売することに決めました。

路上販売

隣駅にショッピングモールがあったので、店の邪魔にならないように路上販売を開始。

ここまで勢いよくいったものの、いざ路上に出てみると声が全くでないんです。

最初の1時間くらいは本当にただただ通行人を眺めていました。

そこから何とか声をかけるも、1人目の女性は全く聞いてもらえなく。

その後、怖そうなおじさんに声をかけるも無視。

メンタルボロボロです。

大切なのは”物”じゃなくて”人”

その後、優しそうな男性に声をかけると、自分に興味を持ってくれて色々聞かれ、自分の何でこんなことをやっているかを話すと、

「で、いくら?」と。

まさか買ってくれる人がいるとは思わなかったので、何も考えていなかった僕はとっさに「100円です」と言い、100円をゲット。

「なるほど!物じゃなくて自分を買ってもらったほうが早い!」と気づきを得て、そこからは自分のビジョンを語り続け売りまくりました。

もっと売れそうな高尾山のふもとで販売したり、靴磨きの方が稼げそうと思い靴磨きをしたり。

売上は順調に伸び、3ヶ月目で単月10万円を達成!!!

経過月 売上
1ヶ月目 8,000円
2ヶ月目 80,000円
3ヶ月目 120,000円

この時の達成感は本当に忘れられないです。

その後、再度先輩にアドバイスを貰いに行くと、また意味不明なアドバイスをもらいました。

「村作り」の重要性

「10万円達成したし、さぞかしすごいアドバイスが貰えるんだ」と意気込んでいたら、貰ったアドバイスはこうでした。

君の夢を叶えるのに重要なのは村作りだよ。

村を作る?村長さん?はてなマークが沢山並んだのはよく覚えています。

とても簡単に説明すると、自分の実力以上の結果を求めるのであれば、人から協力してもらえる自分になりなさいとのことです。

図にするとこうです。

よく言われた言葉が下記の言葉です。

君の求めているものが”100″だとしたら、君の力は”10″くらいだよ。君だけがどんなに頑張っても”10″という結果しか得られない。

じゃあ何をしたらいいかというと、君にとって大切な人に精一杯”10″を与え続けなさい。1000人に与えたとして、100人から”1”くらいは巡り巡って返ってくる。

その積み重ねが、”100″になるよ。

そして、関わる人がプラスになっていけば行くほど、自分に返ってくるものも大きくなるよ、ということです。

その例えとして、昔の村のイメージで、自分が村長として、その村が活性化すれば、結果として村長に返ってくるという教えでした。

なるほど、理屈は理解した、ただ、

「で、結局何をすればいいの?」

が最大の疑問。

その答えとして返ってきたのが、『FPをすればいいよ』でした。

FPって何?

ファイナンシャルプランナーの略で、簡単に言うと「お金の主治医」です。

生きていくうえで最も大きな障害である”お金”の問題を、信頼できる専門家を活用しながら取り除いていく仕事です。

車屋さんだったら、車のことについてしか人に何かを与えられないけど、FPとして全ての窓口のような存在であれば、誰にでもお金(主に節約)に関して何かを与えられる自分になれる、だからこの仕事だと。

FPスタート

それから必死に走り回りました。

いや、本当に走り回りました。

とりあえず友人にFP始めた宣言をし、ただ知識も知恵もないので、家の近くの駐車場でどこが安いか調べたり、<クレジットカードの還元率はどこがいいかを調べたり、お金にならないけど、少しでも役に立とうと必死に走りました。

ただ、一度何かを本気で始めると周りが見えなくなる性格なんで、大学の卒業旅行を4つ全てキャンセルしてました。

それくらい、必死になって走り回ってました。

ヒッチハイク生活

当然すぐに稼げるわけでもないので、一番大変だったのはお金。

人と会うたびに

  • 交通費
  • カフェ代

を毎回払っていると、それだけで月5万円相当はいってました。

そして、一番の問題は、商売を教わっている人が京都に住んでいるということです。

アドバイスを貰うために会いに行きたいのですが、お金がないしどうしようと。

その時の覚えたのがヒッチハイクです。

僕、京都・大阪なら8時間で行けます

ヒッチハイクの裏ワザ

ヒッチハイクの裏技を大公開します。

  • ヒッチハイクは停止している車に声をかける
  • 「今日本一周中でめちゃめちゃお腹がすいている」と言うと、100%おごってくれる

もっと詳しく知りたい方は、ツイッターから連絡ください。

下記がヒッチハイクで出会った一握りの人たちです。






一番素敵な出会いは、僕が思い描いているような理想的なカップルでした。(写真は撮り忘れました)

そのカップルは、毎週土日を活用して離島に行ったり、海に行ったり、秘境に行ったり。車の中も寝泊まりできるようになっていました。

お互いのことを本当に大切にしていて、とても憧れのカップルでした。

ちなみに、今はめちゃめちゃおしゃれな家を富山に立てて、田舎暮らしを満喫しているそうです。

そして、そのカップルの女性が会社を辞め、夢だったマカロン販売をネットで行っています!

よかったら是非購入してください。僕も前に注文しました。可愛いです。

ココマカロン

スポーツスクール立ち上げ

ヒッチハイクして、FPやって、ただ上手く行っていたわけではないので、お金がなかったです。

何か稼げそうな商売はないかなーと考えていた時に、「そうだ、スポーツなら教えられるし、固定でお金が貰えるからいいね!」と天才的な閃きを発揮し、さっそくチラシを2万枚作り、ポスティングと正門前でチラシ配布をしました。

  • 8:00~ 登校中の小学生を狙って学校の前でチラシ配り
  • 9:00~ 小学校近くの家にポスティング
  • 13:00~ 下校時間を狙って学校の前でのチラシ配り
  • 16:00~ 小学校近くの家にポスティング
  • 20:00~ 警備員がいなくなったマンションを狙ってポスティング

深夜2時までポスティングをしていました。

これで行ける!と確信していたので。

2万枚配って、たった2人

1ヵ月で配り終わり(1日約1,000枚くらい)、イベント当日を迎えたのですが、参加者たったの4人でした。

予定では20人でした。

そして、その4人からスポーツスクールに入ってくれたのはたったの2人。しかも兄弟。

ただ、この2人がいたおかげで今も存続できているので、本当に感謝しています。

そんなスポーツスクールは下記になります。

En-sports(facebookページ)

2014年は何も報われず終了

いや、本当に何も報われなかったです。

ひたすら走ってました。

ただ、2014年の経験はとても”本質的”なものを得たと思っています。

  • 自分を売る
  • 村作り

スポーツスクールも、親御さんにとって少なからずプラスの影響を与えることができたから、結果として30人近くの集団になることができました。

小学校の前でチラシを配布し、時には警察に連絡をされたこともありますが、僕の想いに共感してくれて体育館を使用してくれる人もできました。

物ではなく人で勝負するという、最も大切な部分が、2014年の経験から学べた大きな財産です。

以上が「【2014年編】中澤寛って何してたのシリーズ ~独立のきっかけ、靴磨き、ホッカイロ路上販売、ヒッチハイク生活を経て~」でした。

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中澤 寛

マザーズ上場・200ヵ国を周る・100人チームを作る、人生をかけて本気でチャレンジするブログ。

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コメント

  1. […] 【2014年】中澤寛って何してたのシリーズ ~独立のきっかけ、靴磨き、ホ… 【2015年】中澤寛って何してたのシリーズ ~待ちに待った海外旅行、ボクシング世界戦で国歌斉唱を歌った人のお店で1日バーテンダー体験、女子大生スポーツコーチ~いや~2014年は濃かったですね。 路上ホッカイロ販売、靴磨き、FP立ち上げ、ヒッチハイク生活、スポーツスクール立ち上げと、目まぐるしい日々を過ごしてきました。 そんな2014年を過ごし、2015年はどうなったのでしょうか。 …nakazawakan.com2017.12.21 【2016年】中澤寛って何してたのシリーズ ~日本本州最南端の町、沖縄旅行で大失態、アジアベストビーチ・ボラカイ島、100人規模の大運動会~2016年の活動日記。日本本州最南端の町までヒッチハイク、総勢10名の沖縄旅行での大失態、2014年、2015年アジアベストビーチに選ばれたボラカイ島旅行、100人規模の大運動会。nakazawakan.com2017.12.21 【2017年】中澤寛って何してたのシリーズ ~日本名所巡り、20kg減に成功の炭水化物ダイエット、恩師がいなくなる~2017年は大きな変化があった年だなと思っています。 例えるなら、砂漠の上で、盲目的に目指していたものが、実は蜃気楼だったような、そんな現象が自分自身に起こりました。 そこからどうしようか自分と真剣に向き合い、自分の心の中に答えがあった…nakazawakan.com2018.03.20 中澤 寛 […]